「そんだけ作って、売れるの?」
この一言に、僕は答えられませんでした。
広島でソーセージを作っている中山です。2024年、僕はソーセージ工房を移して工場にする計画を進めていて、その流れでテレビ番組の「令和の虎」に出演しました。製造の能力を、質も量も上げる。僕が良いと思うソーセージを、たくさん作れるようにする。熱を込めて、そう話しました。返ってきたのが、冒頭の一言です。
この記事は、作る力と売る力の差の話です。作ることに本気の人ほど、たぶん同じところで転びます。僕が転んだ場所を、先に見ておいてください。

あの動画、自分では痛々しくてなかなか見られないんです。イヤホンを最小にして、ところどころ2倍速で見ました。
令和の虎で、答えられなかった

撮影の日は、始発の新幹線で広島から東京へ向かいました。スタジオに着いて、試食用のソーセージのためにお湯を沸かしていたら、もう撮影が始まります。事前の顔合わせはありません。ドアをノックするところから、1時間ノンストップの一本撮りです。
目の前に5人の虎がいて、次々に質問が飛んできます。僕の答えは、曖昧でした。的確に返せなかった。終わったあと、しっかり落ち込みました。
あとで見返すと、虎のみなさんは、むしろ優しかったんです。あれは俺が悪いな、と思いました。編集でいいところだけを切り取ってくれるテレビ番組に慣れていた僕は、生身の質問に、生身の答えを持っていなかった。
「そんだけ作って、売れるの?」。言われた瞬間は、正直、こっちは熱を持って夢を語っているのに、と思いました。肝心なところを突いてくる大人が、いじわるにも見えた。でも、正しいのは向こうでした。
作り手がはまる「良いものなら売れる」の罠

当時の僕の頭の中は、こうでした。
まず、自分が良いと思う商品を作る。そのために製造の力が要る。良いと認めてもらえれば、自然と売れるようになる。
一見、筋が通っています。作り手としては、むしろ誠実な考え方です。でも、ひとつ抜けている段があります。「良いと認めてもらう」の前に、「そもそも触れてもらう」がある。触れてもらえなければ、良いかどうかを判断してもらうことすらできません。
名前をつけるなら、「良いものなら売れる」の罠です。作る力が強い人ほど、この罠にはまります。作ることが得意だから、作る力を伸ばせば全部解決するように見える。そして、製造を増やした分だけ、在庫が増えます。
あの計画は、結局やめました。経緯は工場移転をやめた話の記事に書いています。
- 「良いと認めてもらう」の前に「触れてもらう」がある
- 作る力が強い人ほど、作る力で全部を解決しようとする
- 売れる道がないまま製造を増やすと、増えるのは在庫
売る力を、4つに分けてみる

「売る力」と言うと、営業やセールスのことを思い浮かべるかもしれません。僕もそうでした。でも、あの一言のあとで考え直してみると、売る力は少なくとも4つに分かれていました。
1. 触れてもらう場所を持つ
通販で全国どこからでも注文できる時代です。それでも、注文のきっかけは驚くほどアナログです。旅行で広島に来たときに食べておいしかった。イベントで食べて、あの人にも贈りたいと思った。まず、どこかで一口食べてもらう。その場所があるかどうかで、全部が変わります。
2. 「何か」より「どう食べるか」を伝える
催事で僕は、「広島のジビエソーセージです」「無添加です」と言い続けてきました。全部本当のことです。でも、お客さんにとって大事なのは、それが何かより、どう食べるかでした。朝ごはんか、晩酌か、手土産か。食べる場面が浮かばないものは、買われません。
3. 何度も伝える
毎年春に出しているハーブのソーセージを、SNSとメールマガジンで発売のお知らせをして、1か月ちょっとたったころ。常連さんに言われました。「そろそろあの時期じゃないですか?」。もう出ています。1か月前から。1回言っただけで伝わったつもりになっていたのは、僕のほうでした。テレビのコマーシャルが何度も流れるのには、ちゃんと理由があります。
4. お客さんの「普通」を知る
何年も、お店で聞かれ続けた質問があります。「普通のソーセージ、ないんですか?」。わざわざうちを調べて来たのに、なぜ普通のを探すのか。ずっと不思議でした。
あるとき気づきました。F1でホンダを知った人がお店に行って、F1カーしか並んでいなかったら、「普通の車はないんですか」と聞くはずです。ジビエや格闘家で知ってもらった人が、ショーケースに猪、鹿、羊、カカオニブ、タイカレーと並んでいるのを見たら、そう聞くのは当たり前でした。それで、国産の豚肉と鶏むね肉で、普通のソーセージを作りました。
| 売る力 | 欠けていたときの僕 | 変えたこと |
|---|---|---|
| 触れてもらう場所 | 製造を増やせば売れると思っていた | 工房の隣にお店を開いた |
| どう食べるかを伝える | 産地や無添加ばかり話していた | 食べる場面から伝える |
| 何度も伝える | 1回の告知で伝わったつもりでいた | 同じことを、しつこく発信する |
| お客さんの「普通」を知る | 個性派ばかりを並べていた | ポークとチキンの普通のソーセージを作った |

「普通のソーセージないんですか」の謎が解けたときは、何年越しだよ、と自分に突っ込みました。
いま、僕がやっている「売る」仕事

あの一言から、僕の仕事は少し変わりました。
2026年2月、工房の隣にお店を開きました。製造の場所を広げるより先に、触れてもらう場所を作ったわけです。毎週土曜日の朝6時半からはライブ配信をしています。noteで連載を書き、紙のニュースレターも作っています。
正直に言うと、どれもそんなに見てもらえる前提ではやっていません。ネットの中は、もうコンテンツであふれています。普通の人が少し工夫したくらいでは、見てもらえないのが普通です。だからこそ、手数も口数も出す。文章を考えて、撮影して、編集して、配信まで、全部自分でやれて、しかも無料。こんな時代、これまでありませんでした。
良いものを作るのは当たり前です。それを届けるところまでが、作り手の仕事です。売ることも、自分たちの仕事の一部。いまはそう思っています。

写真を撮ったり文章を書いたりは、わりと好きなほうなんです。営業や経理よりは、だいぶ。
- 製造を広げる前に、触れてもらう場所を作る
- 見てもらえない前提で、手数と口数を出す
- 届けるところまでが、作り手の仕事
一生降り続く雨はない

「そんだけ作って、売れるの?」。あの日、答えられなかった問いに、いまならこう答えます。作るだけでは、売れません。触れてもらう場所を作り、どう食べるかを伝え、何度も伝え、お客さんの普通を知る。そこまでやって、初めて売れます。
うまく答えられなかったあの日は、恥ずかしかったし、落ち込みました。でも、一生降り続く雨はないし、一度の失敗をずっと悔やむ必要もない。また始めればいいだけです。作ることに本気の方ほど、売ることにも同じだけ本気になってください。僕も、いまその途中です。

- 良いものを作れば、売れるのではないですか?
- 良いものであることは前提ですが、それだけでは売れません。まず触れてもらう場所があり、どう食べるかが伝わり、何度も届けて、初めて選んでもらえます。作る力と売る力は、別の力です。
- 小さな食品メーカーは、どう売ればいいですか?
- 実際に食べてもらえる場所を持つこと、商品が何かより使う場面を伝えること、同じことを繰り返し発信することが大切です。ドットコミュでは、工房の隣のお店、ライブ配信、ニュースレターなどで届けています。
- 告知は、何回くらいすればいいですか?
- 1回では届かないと考えて、時期や手段を変えて何度も伝えるのがおすすめです。ドットコミュでも、1回の告知では常連のお客さんにも伝わっていなかったことがありました。
- ドットコミュには、普通のソーセージもありますか?
- あります。国産の豚肉と鶏むね肉を使った、ポークソーセージとチキンソーセージを販売しています。






















