工場移転をやめた話|補助金の期限から逆算した撤退判断

大型の織機のような機械が並ぶ工場内
設備投資をやめる判断は、苦しくなってからでは遅れます。ソーセージ工場の移転を1年かけて準備し、補助金の採択まで受けながら中止した経緯と、補助金の期限という「自分の外にある線」から逆算した撤退の考え方、やめたあとに見えたことをお話しします。

1年かけて準備した工場の移転を、中止しました。

融資の相談をして、補助金の採択を受けて、物件の現地確認まで済ませたあとで、です。

2024年8月のことでした。僕たちドットコミュは、広島市内のソーセージ工房を三原市へ移し、工場にする計画を進めていました。この記事は、その計画がどう膨らみ、どう縮み、どこで止まったかの記録です。

先に結論を書いておきます。設備投資をやめる判断は、苦しくなってからでは、まずできません。お金と時間と、周りの人の協力をこれだけ注ぎ込んだのだから、という声が、頭の中でいちばん大きくなるからです。だから、引く線は計画の最初に、自分の外に引いておく。この記事で言いたいことは、それだけです。

ドットコミュ鹿さん 中山浩彰

格好いい話ではないです。でも、やめた話のほうが、たぶん誰かの役に立つと思うんですよね。

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計画は、必ず膨らむ

空の商品ケースが並ぶ旧売場

始まりは、まっとうな動機でした。

ドットコミュのソーセージは、非加熱の生ソーセージを冷凍してお届けしています。正確に言うと、それしか作れません。燻製も乾燥もできる設備がないからです。2023年の夏、百貨店の催事で苦戦したあと、僕は気づきました。お客さんが知りたいのは「これが何か」ではなく「これをどう使うか」だ。なのに僕は、どの場面で誰が食べるのかから考えて、ソーセージを作ってきていない。加工肉が作れる設備があれば、それができる。

ここまではいい話です。問題はここからでした。

最初の候補地は、福井の実家の工場跡地。そこから三原市のスーパー跡地に話がつながり、当初の概算は全部ひっくるめて5,000万円になりました。事業計画書を書いて、融資を申し込みます。

金融機関の返事は、いきなりの投資額としては大きすぎる、でした。

そこで僕は聞き返しました。では、どうすれば実現できますか。やりたいことは決まっているのだから、やり方を変えればいい。設備を最小限にして、まずはジャーキーに絞る。工程が少ないから、小さく始められる。いい案です。

ところが、物件はかなり広い。製造に使うのは、その一部だけです。空いたところで商店をやれば地域の人が喜ぶのでは。ドライブの人が寄れる場所にすれば。清潔な大きいトイレがあれば。気づけば、頭の中に道の駅ができていました。

ついさっき、計画を小さくしたばかりなのに、です。

計画というのは、放っておくと必ず膨らみます。縮めたつもりでも、膨らみます。少なくとも僕の場合はそうでした。風呂敷を畳んだ手で、また広げている。この癖を自覚していなかったことが、最初のつまずきだったと思います。

  • 動機がまっとうでも、計画は放っておくと膨らむ
  • 「どうすれば実現できるか」を相談すると、やり方の選択肢が増える
  • 縮めた計画が、また膨らんでいないかを疑う

補助金は、追い風であり、首輪でもある

3色のソーセージと目玉焼き、じゃがいもの鉄板料理

2023年11月に、ものづくり補助金を申請しました。2024年1月、採択の知らせが届きます。物件の取得、工事、設備、移転の費用を合わせて3,000万円くらいが目安。移転の目標は5月から7月。ようやく形が見えた、と思いました。

補助金は、追い風です。それは間違いありません。

でも同時に、補助金には期限があります。設備をいつまでに設置し、いつまでに完了を報告するか。期限のあるお金は、計画を前に押してくれる代わりに、計画の首に輪をかけます。押される方向にしか進めなくなる。

1. 現地を見るたびに、工期が延びた

2024年2月、設備メーカー3社、施工業者、不動産屋さん、物件のオーナーさん、僕。9人で現地に集まって、配置を検討しました。わかったのは、思っていた以上に大変だということ。夏ごろのつもりが、最短でも10月半ばになりそうでした。

2. 期限は、動かない

補助金の期限は、2024年12月10日。それまでに設備の設置と完了報告を済ませる必要がありました。秋に移転するつもりが、9月はもう目の前です。予算も時間もぎりぎり。何かひとつトラブルが起きたら、そこで終わりです。

3. 計画どおりに進んだことが、一度でもあったか

全部うまくいけば、ぎりぎり間に合う。そこで、ちょっと待て、と思いました。これまで僕の計画が、計画どおりに進んだことがあったか。

ありません。一度も。

2024年8月31日、計画を正式に中止しました。

時期 計画の大きさ 何が起きたか
2023年夏 概算5,000万円 加工肉の工場化を構想し、融資を申し込む
2023年秋 縮小(ジャーキーに特化) 金融機関が難色。縮めたそばから道の駅構想で膨らむ
2024年1月 目安3,000万円 補助金に採択。追い風と同時に期限が生まれる
2024年2月 変わらず 現地確認で、最短でも10月半ばの見込みに
2024年8月 中止 トラブルが1つでも起きれば期限に間に合わない
ドットコミュ鹿さん 中山浩彰

やめると決めた日、車を降りてしばらく月を眺めていました。泥じゃなくて、星のほうを見ようと思って。

ソーセージ4種類の真空パック

いまの工房で作っている、猪と鹿のソーセージ

移転はやめましたが、広島の工房で、肉のカットから腸詰めまで自分たちの手で作り続けています。プレーンからスパイシーまで4種類を味わえる、ジビエの入門セットです。

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撤退の線は、自分の中ではなく、外に引く

柔術着姿でフライパンのソーセージを焼く男性

白状すると、僕の気持ちだけで決めていたら、止まれなかったと思います。

1年です。周りの方々を巻き込み、たくさん動いてもらいました。喪失感は小さくありませんでした。「ここでやめたら、この1年は何だったんだ」。苦しいときの頭は、そういうことしか言いません。

止まれたのは、補助金の期限という、自分の外にある線があったからです。気持ちは毎日変わります。日付は変わりません。皮肉なことに、計画の首にかかっていた輪が、最後は僕を止めるブレーキになりました。

だから、これから設備投資や出店を考えている方に言いたいのは、ひとつだけです。計画を立てる最初の日に、自分の外にある線を書き出してください。期限。予算の上限。資金が尽きる月。そして、どれかに触れたら止まる、と先に決めておく。名前をつけるなら「外側の線」です。

もうひとつ、計画を外に開いておいたことにも助けられました。物件のこと、お金のこと、進み具合を、メールマガジンでほとんどそのまま書いていたので、いろいろな方から意見や指摘をもらえました。止まる理由も、次にやることも、外から教わったようなものです。

  • 苦しいときの頭は「ここまでやったのだから」としか言わない
  • 期限・予算の上限・資金が尽きる月を、最初の日に書き出す
  • 計画を外に開いておくと、止まるときも止まりやすい
ドットコミュ鹿さん 中山浩彰

困ったら相談、思いついたら相談、やる前に相談。人類最強の武器だと本気で思っています。

やめたら、次の一手が空いていた

大きなガラス戸のある改装前の空の店舗

中止のあと、僕はこう考えるようになりました。

一度でも4,000万円の投資を腹に括る気持ちがあったのなら、400万円の挑戦を10回したほうがいい。

移転で作るはずだったジャーキーは、外部の工場に製造をお願いし、僕たちは「食品の小分け業」の許可を取る形で、2025年に出しました。大きな設備なしで、やりたかったことの一部が形になったわけです。

そして2025年、工房の隣のテナントが空きました。選んだのは、製造を広げることではなく、飲食店を始めることです。「そんだけ作って、売れるの?」。移転計画のさなかに言われたあの言葉への、僕なりの答えでした。経緯は工房の隣に店を開いた理由の記事に書いています。

今度の予算は1,000万円から1,200万円。前回とは違って、数字と向き合って計画書を作りました。あの1年で、一生分の無茶は使い切ったと思いたいです。

将棋の米長邦雄さんに、こんな言葉があります。決定的な場面で打って出られるのが「勢い」で、そのタイミングでないときにじっと我慢するのも、また「勢い」だ。2024年に無理に動かなかったから、2025年の機会が空いていた。いまはそう思っています。

やめることは、負けではない。次の打席を残すことだ

トレーに整然と並べた多数の生ソーセージ

設備投資の撤退は、苦しくなってから考えるものではありません。計画の最初の日に、線を外に引いておくものです。

やめたからといって、全部が無駄になるわけでもありません。僕たちの場合、ジャーキーが生まれ、隣にお店ができ、いまも広島の工房で毎日ソーセージを作っています。玉砕しなかったから、次の打席に立てました。

いま、大きな決断の前にいる方へ。引き返せる道を、一本だけ残しておいてください。それがあれば、何度でも打席に立てます。

厨房で洗い物をする男性2人

設備投資をやめるタイミングは、どう決めればいいですか?
計画を立てる段階で、補助金の期限、予算の上限、資金が尽きる月など、自分の気持ちとは関係なく決まっている線を先に書き出し、そこから逆算するのがおすすめです。苦しくなってから判断しようとすると、「ここまで来たのだから」という気持ちに引っ張られやすくなります。
補助金に採択されたあとでも、計画をやめることはできますか?
ドットコミュは、ものづくり補助金に採択されたあとで工場移転の計画を中止しました。補助金には設置や完了報告の期限があるため、工期が間に合わないおそれがあるときは、早めに判断することが大切です。手続きの詳細は、補助金の窓口に確認してください。
融資を断られたら、計画は諦めるしかありませんか?
やり方を変える余地があります。ドットコミュでは「どうすれば実現できるか」を金融機関に相談し、設備を絞った案に練り直しました。目的が変わらなければ、方法はいくら変えてもいいと考えています。
工場移転をやめたあと、ドットコミュはどうしたのですか?
今の広島の工房で製造を続けながら、鹿肉のジャーキーを外部委託と小分け業の許可で小さく始め、2026年2月には工房の隣に飲食店「ドットコミュ BURGER & HOTDOGS」を開きました。

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記事を書いた人

中山 浩彰

中山 浩彰ドットコミュ店主

ドットコミュ代表/ソーセージクリエイター。1985年、福井県福井市生まれ。「人にもわんこにも、同じ真剣さで作ったごはんを」を信条に、素材と製法に一切妥協しない無添加の手作りソーセージを日々作り続けている。

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