「ジビエ」という言葉には、少し身構えさせる響きがあります。高そう。臭そう。硬そう。フランス料理店で、背筋を伸ばして食べるもの。そんなイメージを持っている方も多いと思います。
ただ、ジビエは特別な食材というより、「山で育った肉」です。
牛や豚や鶏が人の手で育てられた肉だとすれば、ジビエは山で自分の力で生きてきた動物の肉。違いはそこだけで、そこがすべてでもあります。
僕は2013年に狩猟を始め、2016年から広島で鹿や猪を扱う仕事をしています。今はその肉でソーセージを作っています。この記事では、ジビエとは何か、鹿肉と猪肉にはどんな特徴があるのか、そして食べる前に知っておきたいことを、作り手の立場からお話しします。
ジビエとは、狩猟で得た野生の鳥獣の肉
ジビエ(gibier)はフランス語で、狩猟によって得た野生の鳥や獣の肉のことです。ヨーロッパでは、秋から冬の狩猟シーズンに楽しむ、季節のごちそうとして親しまれてきました。
日本でジビエといえば、ほとんどが鹿と猪です。農林水産省の「令和6年度野生鳥獣資源利用実態調査」によると、食肉処理施設が食肉として販売したジビエは1,724t。そのうち鹿が1,211t、猪が485tで、この2つでほぼすべてを占めています。
つまり日本の食卓で「ジビエを食べる」というのは、ほとんどの場合、鹿肉か猪肉を食べるということです。
ジビエは「増えたから獲る」のではなく「獲った命をどう活かすか」
ここ数年、ジビエを目にする機会が増えたと感じる方もいるかもしれません。ジビエブームが来て、それで山に獲りに行くようになった。そう思われがちですが、順番は少し違います。
鹿や猪による農作物の被害は、全国で大きな問題になっています。令和6年度の野生鳥獣による農作物被害額は188億円で、そのうち鹿が79億円、猪が45億円でした。畑を守るために、鹿や猪は各地で捕獲されています。
獲った命を、そのまま捨ててしまうのか。それとも食べものとして活かすのか。ジビエが広がってきた背景には、この問いがあります。
僕がこの仕事を始めたのも、まさにそこでした。初めて自分で獲った鹿を捌いて食べたとき、思わず「めちゃくちゃうまい…!」と声が出ました。そして同時に、「この肉が、駆除されて捨てられているなんて」と思いました。この美味しさを伝えたい。それが、ドットコミュの出発点です。
鹿肉と猪肉の特徴
同じジビエでも、鹿肉と猪肉はまったく違う個性を持っています。まずは文部科学省の「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」の数値で比べてみます。
| 生100gあたり | 鹿肉(にほんじか 赤肉) | 猪肉(脂身つき) |
|---|---|---|
| エネルギー | 119kcal | 249kcal |
| たんぱく質 | 23.9g | 18.8g |
| 脂質 | 4.0g | 19.8g |
| 鉄 | 3.9mg | 2.5mg |
| 味わいの特徴 | 赤身が中心で、すっきりとした旨み | 脂にコクがあり、食べごたえがある |
鹿肉:赤身の旨みを味わう肉
鹿肉は、脂の少ない赤身の肉です。たんぱく質は100gあたり23.9gと、鶏ささみと同じくらい。鉄も3.9mgと多く含まれていて、赤身の色が濃いのが特徴です。
脂が少ないぶん、火を入れすぎると硬くなりやすい肉でもあります。中までしっかり火を通しつつ、強い火で焼き続けないのが、美味しく食べるコツです。
猪肉:脂の旨みを味わう肉
猪肉は、しっかりと脂がのった肉です。脂質は100gあたり19.8gで、豚ロース(脂身つき)と同じくらい。猪肉を使った「ぼたん鍋」は、冬の味覚として昔から親しまれてきました。
あっさりした鹿肉と、コクのある猪肉。どちらが上ということではなく、赤身を楽しむか、脂を楽しむか。選び方の軸がそもそも違います。
僕たちのソーセージでいえば、猪肉なら「猪プレーン」、鹿肉なら「鹿ブラックペッパー」が定番です。猪プレーンは味つけをアンデス岩塩と砂糖だけにして、猪肉そのものの味を。鹿ブラックペッパーは、使うたびに挽くスパイスと、腸詰めの直前に刻むイタリアンパセリで、赤身の旨みを引き立てています。同じジビエでも、肉の個性に合わせて、作り方をまったく変えています。
ジビエを食べる前に知っておきたいこと
臭みは、肉の種類より「処理」で決まる
「ジビエは臭い」というイメージは根強いのですが、臭みの多くは、獲ってからの血抜きや冷却、解体といった処理の段階で決まります。きちんと処理された鹿肉や猪肉は、驚くほどクセがありません。
逆に言えば、ジビエは「どこで、誰が処理したか」で味が変わる肉です。
ジビエは「出会いもの」
牛や豚は、決まった環境で育ち、決まった時期に出荷されます。ジビエは違います。いつ、どこで、どんな個体が獲れるかは、山次第です。季節や個体によって、脂ののり方も、肉の色も変わります。
ジビエは、注文すれば同じものが届く肉ではなく、獲れたときに出会う肉。いわば「出会いもの」です。
……と格好よく言いましたが、この「出会いもの」には、ずいぶん泣かされました。創業したばかりの頃、僕たちは猟師仲間から鹿や猪を仕入れて、解体・精肉して飲食店に卸していました。けれど野生の肉は、いつどれだけ入ってくるか見込みが立ちません。有効活用したくて仕入れたはずの肉を、売り切ることができずに廃棄する日々。そんな状況が、本当に悔しかった。
生肉を売っていると、「どうやって食べるの?」と聞かれることも多くありました。そこでたどり着いたのが、どんな部位でも美味しく活かせて、誰でも気軽に食べられるソーセージでした。
必ず中心までしっかり加熱する
ジビエは、生や半生では食べず、中心までしっかり火を通すのが基本です。厚生労働省は、中心部の温度が75℃で1分間以上、またはこれと同等以上の加熱を目安として示しています。
処理した施設がわかる肉を選ぶ
厚生労働省は2014年に「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を定め、2018年には農林水産省が「国産ジビエ認証制度」を設けました。ジビエを買うときは、どこで処理された肉なのかがわかるものを選ぶと安心です。
僕たちのソーセージに使っている猪や鹿は、広島県東広島で獲れたものです。僕がまだ狩猟をしていた頃からの、信頼できる仲間の猟師さんから仕入れていて、罠猟で捕獲したあと、確実にナイフで血抜きを行い、速やかに衛生的な施設に運び込んで処理しています。
はじめてのジビエ、ソーセージから試してみませんか?
広島産のジビエ肉に、挽きたてのスパイスと摘みたてのハーブを合わせて、添加物を使わずに作っています。冷凍パックのまま湯煎するだけで食べられます。
ソーセージを見るはじめてのジビエは、身構えずに
ジビエは、狩猟で得た野生の鳥獣の肉で、日本ではそのほとんどが鹿肉と猪肉です。鹿肉は赤身の旨み、猪肉は脂の旨み。臭みは処理で決まり、食べるときは中までしっかり加熱する。知っておきたいのは、だいたいこれくらいです。
高そう、臭そう、硬そう。そんなイメージは、一度美味しいジビエに出会えば、たいてい書き換わります。背筋を伸ばさなくても大丈夫です。山で育った肉を、気軽に一口、試してみてください。
- ジビエとは何ですか?
- ジビエ(gibier)はフランス語で、狩猟によって得た野生の鳥や獣の肉のことです。日本では、鹿肉と猪肉がジビエの大半を占めています。
- 日本ではどんなジビエが食べられていますか?
- 農林水産省の「令和6年度野生鳥獣資源利用実態調査」では、食肉として販売されたジビエ1,724tのうち、鹿が1,211t、猪が485tでした。
- 鹿肉と猪肉はどう違いますか?
- 鹿肉は脂の少ない赤身の肉で、生100gあたりのたんぱく質は23.9g、脂質は4.0gです。猪肉は脂ののった肉で、脂身つきの生100gあたりのたんぱく質は18.8g、脂質は19.8gです(日本食品標準成分表(八訂)増補2023年)。
- ジビエは生で食べられますか?
- ジビエは生や半生では食べず、中心までしっかり加熱してください。厚生労働省は、中心部の温度が75℃で1分間以上、またはこれと同等以上の加熱を目安として示しています。
- ジビエは臭くないですか?
- 臭みの多くは、血抜きや冷却、解体などの処理の段階で決まります。きちんと処理された肉は、クセが少なく食べやすい味わいです。














