前回の記事にも書いた通り、最近Vlogを始めました。YouTubeに関して、昔は(僕なりに)映像作品を作るぞ!ってつもりでやっていましたが、これからはそこまで気合を入れず"動画のSNS"くらいで気軽にアップしていこうと。
文章はメルマガ、写真はInstagram、動画はYouTubeと、ざっくりとこんな棲み分けになりますか。そんな中で最近特に思うのが、「基本的にはそんなに見てもらえない前提で発信していく必要がある」ということ。この理由を説明するために、現在自分たちを取り巻く状況を少し整理してみたいと思います。
一昔前、テレビやラジオ、新聞といったオールドメディアが全盛だった時代。そこからインターネットやSNSの登場で状況が一変し、個人でも自由に発信できる時代になりました。かつてはメディアに出られる"枠"があるのは大企業や一部の有名人など、ごく限られた人たちだけだったのが、民主化したわけです。
無名な状況から「バズり」を掴む人も現れたり。ドットコミュも随分お世話になりました。なにせお店にお客さんがくるような業態ではなかったので、ひたすらソーセージを作っても、その想いをネット上に発散するしかなかった。笑 そういった取り組みが当時としては早かったことも、認知度向上の追い風になっていたはず。でも、そんな時代も過渡期だったと思うのです。
オールドメディアでもそうだったように、SNSやインターネットの世界でも、人の注目を集めるためのノウハウ、またそれを駆使する人たちが業界に集まり始めます。当然、より注目が集まる場所にPRも案件もお金も集まりますし。芸能人が参入したり、企業も含め戦略と資金を伴ってメディア広告を展開していく流れに。
また僕達の頭上を見上げると、NetflixやAmazonなどの巨大プラットフォームが、宇宙戦争のような戦いを繰り広げている。つまり、オールドメディアから新興勢力に人々の目線が移っただけで「興味関心と、時間の使い途」という意味では変わっていない。むしろ細分化したことで、よりニッチな、隙間産業のポジションすら決まってきた気すらします。
つまりはどれだけ一生懸命に作ったところで、普通の人が少し工夫したくらいのコンテンツなんて、多くの場合「見てもらえない」ということ。58歳のマイク・タイソンが復帰して、YouTuberジェイク・ポールと試合する時代ですよ。「興味関心」という同じ土俵の中で、そんなのと戦えないですって。笑
だからこそ大切なのは「自炊」だと思うのです。自分のために作り、自分の楽しみとして発信する。誰かの為に作った料理なのに、誰にも食べてもらえないかったら悲しいでしょ。だから自炊なんですよ。笑
自分のために作り、自分の楽しみのために発信する。あくまで反響や他者の評価をそこまで期待せず作り続ける。別にそれでもいいはずなんですよ。プラモデルやパズルと同じです。あれって主に「作る」過程そのものが楽しいからやってるわけじゃないですか。
と言いつつ、そこにこそ光明もあると思うのです。自分の興味や日常を切り取って発信すること。大家族スペシャルって番組ってずっとあるじゃないですか。つまり"自分の日常が誰かの非日常"となりうるわけです。自分にとっては当たり前のことでも、誰かの目に留まるコンテンツになるかもしれない。
良いものを作るのは当たり前。それを届ける必要がある。だから声を出して伝えないといけない。でも、AI時代にコンテンツなんて埋もれてしまう?いやいや、今こそ手数も口数も出せよ、って話。
文章考えて、撮影も、編集も、配信も、自分でやれるんですよ。こんないい時代これまで無かったはず。しかも無料。そんなの、予算4000万のソーセージ工場移転計画よりずっと現実的っす。笑
それと、この人超忙しそうなのに、って人に限ってめちゃくちゃ生み出し続けてる。僕らみたいな凡人が手を抜いてる場合ではない。手数も口数も出し続けろ、って話でした。