メルマガvol.22「もう練習タイムではない」「真のリラックスとは」

近況に書いた通り、移転に向けて動き出しました。今は厨房の図面をざっくり作っていて、保健所に確認しつつ、実際に設備屋さんと詰めていく感じでしょうか。そこで概算を見積もって融資の申し込みと。

やることは次々にわいてきてます。将棋の駒のように、全体を見ながらひとつひとつ進めてみる感じですね。やってみて分かることがありますから。ひとつ進めてまた足りないものが見えてくる、その連続です。

 

準備不足だから動けない、のではなく
動くことで準備不足の正体を知る。

これは試合に出るのと似てます。自分に足りないものが明らかになり、突きつけられる。負けるのとか恥をかくよりも、自分の現状を突きつけられることの方が恐ろしいのではないかと思います。多くの人にとっては。
理想とするイメージ上の自分と、現状の自分が乖離すればするほど、そのショックは大きい。

とはいえ、現状の位置を知らないままに目的地に向かうことは出来ませんから。行きたい場所は決まってるけど現在地が分からない。それではGoogle MAPもお手上げで。

 

練習期間がまだ、
もうちょっと準備してから、

そう言ってやらないうちは自分の中に「可能性」が残せる。幻想の自分を守ってあげたい気持ちは分かりますけどね。

そもそも、どんなに時間をかけようと全ての準備は整わない。そう腹を決めましょう。人生に練習タイムは無いのである。生まれた時から本番なのよ。

 

 

Q&A

このコーナーでは皆さまからの質問を募集します。ドットコミュについて、ソーセージについて、鹿さんについて。ご質問・ご意見のみでも、お悩み相談でも、どしどしお待ちしております。このメールに返信いただくか、公式LINEまでどうぞ。「メルマガ質問」と文中に添えてもらえると助かります!

公式LINEはこちら

 

【Q.1】前回のコラムに18箇条登場したので、解説お願いします!好きな18箇条は、出力とリラックスのやつと、元来持っているものを最大限にというやつです。

難しいけど、力まず動かす・動くって、生きていく上での効率とか、体の操作性については歳を重ねるごとに、意識する瞬間を感じます。若さと勢いは、なかなか年齢に逆らえない部分もあり、だんだんそう思います。持ってるものを最大限にもそう。

私の求めていることを、文章にしてくださっていますが、鹿さんが思うこと、どんな意味を込めてのこの文章に至ったのかとか、改めて知りたいです。私の思ってる感じとは全然違うかもですし。

【A】まず大前提として身体はエンジンでもあり、センサーでもあります。出力するだけではない、感じ取る役割がある。そして感じ取るためには力を抜くことが必要で。例えば手に持った何か、これが何グラムあるかを感じてみましょう。きっと手の力を抜くと思うんです。

これは身体操作にのみならず、何事もそう。力が入りすぎていると、小さな変化や機微、そういったものを見逃してしまう。

ただ、力を抜いただけではふにゃふにゃなので何も出来ない。だから力を込めながら、リラックスする必要があるんです。

やり投げの溝口和洋氏いわく、真のリラックスとは「力は入っているのだが、自分では意識していない状態」のことを指すそう。よほど強力な筋力がないとできない、とも。

 

まあ、そういうことですよ。今日も鍛えましょう。

 

 

月2回配信のメルマガ登録はこちらから!
https://dot-comm.info/pages/register